自己紹介3

みなさん こんにちは

立川デンタルクリニックすずきの院長 鈴木博貴です。

長々と自己紹介が続きますが、

もう少しお付き合いください。

ダーツまみれの鈴木少年が現実を知った後

どのような行動をとったのでしょうか?

まず初めに、50歳の時に何をしているかを想像してみました。

すると、ダーツバーの経営者になっている自分は

全く想像できませんでした。

接客の難しさや、話題の提供方法など

自分は接客能力が素人であることに気が付いていましたので

こんな難しいことは出来ない!

と、またそこから逃げ出したのです(笑)

受験勉強をしていたほうが楽だと思った鈴木少年

大学入試に向け本腰をいれるのでした。

この時11月…遅っ

そんな短期間で入れるほど甘いものではなく

何とか合格通知をいただいたのは、母校

岩手医科大学

歯学部…

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医学部でない学部に進学するかどうするか、

迷った鈴木少年ですが、もう一年浪人しても

また以前の生活に戻るのでは…

以前の生活の楽しさを知っていた僕は

その誘惑を断ち切れる自信がなく

前に進むために入学を決意しました。

しかし、それこそ「なりたい」と全く思っていなかった学部

1年生は本当につまらなかったです。

周りと打ち解けようともせず、

希望もなく

目標もありませんでした。

転機が訪れたのは3年生の時

専門的な授業が少しずつ入ってきて

実習なども面白いと思うようになってきました。

少しでも面白いと思うと凝り性は発揮されます(笑)

興味のある分野だけは勉強しました。

また、その時大学外のつながりを求めて

スポーツジムのサークルに加入していました。

競技は「スカッシュ」

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壁打ちテニスみたいなやつです。

日曜は朝からスカッシュするため、土曜の夜は

遊びに行かず、早く寝る(笑)

以前とは全く異なる生活に変わりました。

そのサークルで、ある一つのことに気が付きました。

「僕はコミュニケーションをとることが苦手かもしれない…」

色々なサークルの人たちが大会の後に懇親会で集まったとき。

僕は、特定の人間としか話をしていないことに気が付いたのです。

友人は、違うサークルにも沢山知り合いがいるのに…

そういえば、大学も全く知らない人がいる…

コミュニケーションの取れない歯医者?

このままでいい?

ここで初めて、授業とは関係のないものを勉強しようと思うのです。

どのようにして、コミュニケーションの勉強をしたか。

次回をお楽しみに!!

自己紹介2

みなさんこんにちは

立川デンタルクリニックすずき 院長の鈴木博貴です。

今日は高校卒業からの話をさせていただきます。

高校を卒業し、見事浪人生活へと突入した鈴木少年は

与えられた事だけをこなすという自主性の無い生活を

送っていました。

現実逃避だけは得意な鈴木少年

元々、凝り性なこともあり、勉強以外の様々な事には

情熱を注いでいました。

なかでも、浪人時代に最もハマっていたのがダーツでした。

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今 では、町中、いたるところにダーツをする環境がありますが、

僕がダーツを始めた時は東京でも渋谷、六本木など

お酒と共にダーツをする。

メインはお酒!というお店にしかダーツはありませんでした。

20年近く前の話になります(笑)

大人に交じり(といっても、今の僕よりは若い人達ですが…)

高校卒業したての若僧は

勝手に大人になった気で、毎晩のようにダーツバーに行っておりました。

しかし、そんなに遊ぶお金があるわけではなく、

遊ぶためにバイトをする。

バイトに時間がとられるので、本業の勉強は全くしないという

最悪の浪人生活を送っていました。

今になって考えると、何も言わずに予備校の授業料を出してくれていた

親には大変申し訳ない気持ちです。

ただ、この経験はとても貴重で、現在の僕の礎になっていると思います。

そのうち、僕は行きつけのダーツバーで、店員としてバイトさせていただく事になりました。

僕にとっては、お金を貰いながらダーツが出来る最高の環境だったのです。

当然、生活の中心はここ!(ダーツバー)になっているのでした(笑)

そんな時、ある常連のお客さんにとても印象に残る言葉をかけられます。

「鈴木君は、好きなことやってお金貰えるなんて幸せだよね!!」

「俺なんて生活するために仕方なく今の仕事してるから、希望とか何もないよ(笑)」

酔って愚痴っぽくなっていたのもあるのかもしれませんが、とても衝撃を受けたのを覚えています。

人間、みんななりたいものになっているわけじゃないんだと…

今考えると、どれだけ甘い考えなんだと、自分でも腹が立ちますが、

その時の鈴木少年は、いつか、勝手になりたい自分になれるものだと信じていたのです(笑)

現実を突きつけられた鈴木少年…

その後…

次回をお楽しみに(笑)

 

自己紹介

こんにちは

立川デンタルクリニックすずき 院長の鈴木博貴です。

 

本日よりスマホサイトのブログも更新してまいります。

医院の治療方針や設備紹介

治療の話、様々な疑問など

皆様のお役に立てるような情報を発信していきますので

よろしくお願いいたします。

 

 

まずは

院長自己紹介!!

普通ですみません・・・

少しの間お付き合いください。 わたくし、鈴木博貴は 1979年(昭和54年)2月21日

岩手県盛岡中央病院に生まれました

父は小児科医

母は薬剤師

親族もほとんどが医療関係者という

医療一族です。

父親の勤務先の関係で

盛岡→能代→盛岡→函館と転居し

幼稚園から高校までを北海道函館市にて過ごしました。

小、中学校では地味で大人しい、かといって真面目で優秀なわけでもなく

何の特徴もない生徒でした(笑)

今考えると、自分というものを確立していなく、朱に交わって赤くなっていただけでした。

高校は進学校ながら、自由、自己責任という校風だったため

自分の裁量権が一気にふえました。

しかし、自分を確立していない鈴木少年は、どんどん楽な方、悪い方へと流されていき

現実逃避の言訳として「今を楽しむ」なんて事を言っていました。(笑)

医療一家に育ったため、将来は医者になると勝手に思っていましたが、

医学部の道はそんなに甘いものではなく

当然のごとく、大学入試に失敗し、浪人生活を送ることとなります。

それでも、目が覚めることがなかった鈴木少年は(笑)

「浪人すれば医学部に入れる」と甘い考えは抜けず

自ら努力するということを知らぬまま、

与えられた事だけをやる。

充実とは程遠い生活を送っていました。

今、その時の自分を自己分析すると

「医者になる」という目標が、自分が考え抜いて

どうしてもなりたい!!という目標ではなかったため

目標に対して、どのような努力をすればいいのか、

プロセスを作ることが出来なかったのだと思います。

直近の目標がないために、自主的に何かを行うことが出来ませんでした。

何が、鈴木少年を変えるきっかけになったのか・・・

次回の更新をお楽しみに(笑)